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東京地方裁判所 昭和47年(ワ)6596号 判決 1973年10月06日

原告 大村志津子

右法定代理人親権者父 大村隆

右法定代理人親権者母 大村ナカ

右訴訟代理人弁護士 増岡正三郎

同 増岡由弘

被告 佐藤忠重

右訴訟代理人弁護士 山田茂

主文

1  被告は、原告に対し、二〇〇、〇〇〇円および内金一七〇、〇〇〇円に対する昭和四六年一一月二二日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、これを六分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

4  本判決は原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、一、二四三、五〇五円およびこれに対する昭和四六年一一月二二日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和四四年五月二四日生の幼児である。

2  被告が飼育保管するアイヌ犬が、昭和四六年一一月二一日午前一一時頃、被告自宅前の広場で、原告に飛びかかって噛みつき、転倒させるなどして、原告に対し、左耳に長さ二六ミリメートル軟骨々折を伴い耳を二分し縫合を要し赤色ケロイド状の瘢痕を残す傷害、額に長さ八ミリメートルの、首後部に長さ一二ミリメートルの各瘢痕を残す傷害、額、背面、頭等に傷跡の残らない多数の噛み傷および打撲傷を負わせた。

3  原告は、右受傷の結果、次のとおり一、二四三、五〇五円の損害を被った。

(一) 手術治療費 三八、四六五円

虎の門病院における顔面、頸部犬咬創の瘢痕拘縮についての整形手術費用。

(二) 付添人費用 二四、五〇〇円

右整形手術のための入院期間中、一日あたり一、七五〇円として一四日分。

(三) 交通費 二〇、〇四〇円

自宅から虎の門病院までのタクシー代金片道一、六七〇円の六往復分。

(四) 雑費 七、五〇〇円

(五) 逸失利益 五二〇、〇〇〇円

原告の右傷害による後遺症(自賠法施行令別表一二級一四号の女子の外貌に醜状を残すものに相当する)のための労働能力喪失による逸失利益は五二〇、〇〇〇円に相当する。

(六) 慰藉料 五二〇、〇〇〇円

本件傷害および後遺症によって原告がうけた精神的苦痛に対する慰藉料は五二〇、〇〇〇円が相当である。

(七) 弁護士費用 一一三、〇〇〇円

右(一)ないし(六)の損害金合計の一割。

4  よって、原告は、被告に対し、右損害金合計一、二四三、五〇五円およびこれに対する不法行為の翌日たる昭和四六年一一月二二日から支払済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を付加して支払うよう求める。

二  請求原因に対する認否

1  1項は認める。

2  2項の事実中原告主張の日時場所において、被告の飼育するアイヌ犬が原告に傷害を負わせた事実は認めるが、その余の事実は否認する。

3  3項は否認する。

三  抗弁

1  被告は、本件傷害事故発生の前後において、本件アイヌ犬についてその種類性質に従い、相当の注意をもってその飼育保管をなしていた。すなわち、本件アイヌ犬は、人が悪ふざけをしない限り、人に飛びかかったり、噛みついたりする危害を加えることがない従順な性質を有する犬であるところ、本件傷害事故当日も、被告宅前の広場に備え付けてある被告宅専用の物干用柱の地上からの高さ約一五〇センチメートル位の箇所に長さ約一八〇センチメートルの鎖でつないでいたから、その行動範囲は、右柱の周囲の極く狭い部分に限定されており、しかも、右広場は、被告宅敷地内の庭に属し、平常、近隣の子供等の遊び場所として使用されている場所ではないから、危険発生のおそれは全くなかったのである。

2  仮に、被告に本件アイヌ犬の占有者としての責任があるとしても、当時二年五月の幼児であった原告を保護監督すべき原告の父母が、原告が被告の宅地内に侵入するのを漫然放置していた点に過失があり、右過失は本件損害額の算定に当り斟酌さるべきである。

3  なお、被告は、原告に対し、損害賠償として三六、〇五〇円を支払った。

四  抗弁に対する認否

1  1項の主張は争う。本件事故現場は、被告宅を含む四軒で共同使用している広場で、一方は全面公道に面し、柵もなく、公道からの出入は自由で、しばしば近隣の子供らの遊び場に利用されている場所であり、このような場所に、アイヌ犬の如きどう猛な犬を放置することは、到底相当な注意を尽したものとはいえない。

2  2項の主張は争う。

3  3項の事実中三〇、〇〇〇円を受領したことは認めるが、右三〇、〇〇〇円は、原告の受傷直後の治療費、交通費等に全額支出ずみである。

第三証拠≪省略≫

理由

一  被告の飼育保管するアイヌ犬が、原告主張の日時、場所において、原告(昭和四四年五月二四日生、受傷当時二年五月)に傷害(その程度は後記認定のとおり)を負わせたことは、当事者間に争いがない。

二  ところで、被告は、本件アイヌ犬の保管につき相当の注意を尽した旨主張するが、≪証拠省略≫によれば、本件事故現場は、西側を被告宅を含む四軒長屋に、南側を同じ家主所有の二軒長屋に、そして東側を別の建物によってコの字型に囲われ、北方が巾員約五・五メートルの公道に向って開かれている。東西約一五メートル、南北約一七メートルのほぼ長方形の空地で、公道との間には通り抜けを妨げるものはなく、右被告ら六軒の居住者らの通行のほか、自動車置場や物干場として使われているが、時折近隣の子供らの遊び場ともなっているものであるところ、当日、被告は、右広場の中央部に近い被告宅の物干用柱に、長さ約一八〇センチメートルの鉄鎖で、本件アイヌ犬をつないだままその場を離れた間に、本件事故が発生したことが認められる(≪証拠判断省略≫)から、右のような場所に、本件の如きアイヌ犬を、鎖でつないだとはいえ、そのまま放置して、その場を立去った点において、被告が右犬の保管につき相当の注意を尽したものと認めることは困難であるといわざるをえないので、被告は、前記受傷の結果原告が被った損害について、これを賠償すべき責を免れない。

三  そこで、本件受傷によって原告が被った損害について判断する。

1  ≪証拠省略≫によれば、原告は、本件事故により、左耳の裂傷ほか顔面、背部等に傷を受け、受傷直後に木下病院で総合手術等の治療を受け、前額、耳介後部、肩、頸部犬咬症の病名で当日から同年一二月一日まで同病院に通院して治療を受け、次いで同年一二月二三日小泉整形外科で受診し、顔面、頸部の瘢痕拘縮に対する処置として薬の投与を受けたが、思わしくなかったため、翌四七年二月一五日虎の門病院整形外科で再手術のための診察を受けたこと、右病院の診断によれば、原告の顔面、頸部に残されている瘢痕拘縮について手術的治療をほどこすとすれば、二週間の入院を必要とし、その治療費としては概算三八、四六五円を要する見込みであることが認められ、そうなると、入院に伴う付添人費、諸雑費、交通費等として応分の支出を余儀なくされるであろうことも推測するに難くないところであるが、いずれも、将来の見通しにかかわる問題であり、右手術の医学上の必要性およびその効果についても、これを首肯するに足りる資料のない本件においては、右各出損見込み額をもって、直ちに原告が被った損害とみることには躊躇せざるをえないのであって、右事情は、これを慰藉料の算定に当り斟酌することをもって相当であると思料する。

2  また、原告は、後遺障害による逸失利益をも主張するが、右認定の事情および≪証拠省略≫によって認められる原告の後遺障害の程度からすれば、これを労働能力の喪失として評価するのは相当でなく、慰藉料の算定に当り斟酌すれば足りるものと解すべきである。

3  そこで以上認定の諸事情その他本件に顕われた諸般の事情、就中、満二年五月である幼児である原告に親が付添うこともなく放置していた点において原告側も本件事故の発生につき責めらるべきことの存するが否定できないこと等を考慮すると、本件受傷により原告が被った精神的苦痛に対する慰藉料は、二〇〇、〇〇〇円が相当であると認める。

4  しかして、原告が被告から三〇、〇〇〇円の支払を受けていることは当事者間に争いがないところ、原告は、右金員はすべて治療費等に支出ずみであるとするが、≪証拠省略≫によれば、右治療費等は被告方において負担していることが窺われるから、上記認定の損害は、右三〇、〇〇〇円の限度において補填されたものと認めるのが相当である。

5  なお、原告が、弁護士である本件原告訴訟代理人に本訴の提起および追行を委任したことは本件記録上明らかであるところ、弁論の全趣旨によれば、原告は、同弁護士に対し、その費用等として請求額の一割を支払う旨約していることが推認されるが、本件事案の内容、請求認容額等を考慮し、原告が本件事故による損害として請求しうる弁護士費用は三〇、〇〇〇円をもって相当と認める。

四  よって、原告の本訴請求は、被告に対し、右各損害金合計二〇〇、〇〇〇円およびそのうち弁護士費用を除いた一七〇、〇〇〇円に対する本件不法行為の翌日である昭和四六年一一月二二日から支払済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるのでこれを認容し、その余の請求は失当として棄却し、訴訟費用の負担については、民事訴訟法八九条、九二条を仮執行の宣言については、同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 落合威)

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